新しく始めたコーナー、「芸を語る」。第一回目のゲストに登場していただくのは、松村雄基さん。年齢が近いこともあるのだが、評論家の私にとっては、彼は「信頼のできる役者」なのである。芝居を安心して観られる役者の一人だ。もちろん、何もしないでそれができるわけではない。
中村「僕が『信頼できる役者』だと思うのは、舞台に臨む姿勢が実にストイックなんですね。もちろん、皆さんいろいろ工夫をされて舞台に立つわけですが、役に対してのアプローチの方法は?」
松村「まず台本を頂いて、読んだ時に自分で感じることをピックアップします。それは必ずしも同感できる部分だけではないんですが、そこで感じたものを、自分がどう納得するか、ですね。そこから役作りが始まります」
中村「役者によって、役に近づくタイプと役を自分に引き寄せるタイプがありますが、松村さんはどちらですか」
松村「両方の部分を併せ持てるような役者になりたいですね。台本の中で自分の性格や行動に似ている部分を探しますし、また、まったくそうではないところに感心して、何とかそれに近づこうという努力もします」
中村「役作りの姿勢が半端じゃないですからね。去年の九月の明治座の「女たちの忠臣蔵」では、二年前から鼓の稽古をしておられた。あれには感心しました。普通の人ではできない、と(笑)」
松村「すべて勉強になりますからね。それに、自分が初めて挑戦するわからない分野というのが楽しいんですよ。また、お師匠さんが良かったこともありますね。飽きさせないように教えてくださったから」
中村「本当に真面目ですね。それにしても、去年は舞台が多かったですね。今までにない、女形の役もありましたし」
松村「新派の『狐狸狐狸ばなし』ですね。あれには参りました(笑)。もちろん初めてのことですし、どうアプローチしていいかわからないんですよ。水谷八重子さんや演出の青井陽治先生がいろいろなアドバイスをしてくださるんですが、どうしても自分で思うようにできないんです。稽古場でも、自分の出番が終わるとすぐに台本をめくって考えてしまう」
中村「でも、舞台では弾けてましたよ。あれはヤケクソですか?」
松村「いやぁ、ヤケクソって言うわけではなかったんですが、もうどうしていいかわからなくなって、舞台へ出て吹っ切れた、というのはありましたね。周りの方のサポートも助かりました。森繁久弥さんや平幹二朗さんなど、錚々たる方々がおやりになった役ですから、自分でもやれる限りのことはやろう、と」
中村「その苦労の甲斐はあったようで、役柄が一気に広がりましたね。まさか、ああいう芝居に出るとは思いませんでした」
松村「僕もです(笑)。でも、あの芝居で女形をやったせいか、最近は女優さんの所作や着付けの仕方などにも眼が行くようになりました」
中村「舞台はもう13年とか」
松村「俳少時代の舞台を別にすればそうなりますね。俳少は中学生でしたから、どちらかと言うと「発表会」のような感覚でした。大きな舞台は13年ぐらいですね」
中村「商業演劇を中心に、しかも時代物の二枚目という役柄には定評がありますが、翻訳劇などはどうなんですか」
松村「以前、ミュージカルの『南太平洋』に出たことはありますが、最近はないですね。ただ、毎回の舞台でミュージカルなら唄、『狐狸狐狸ばなし』なら女形、『女たちの忠臣蔵』なら鼓、という自分にとってのハードルが与えられて、そこでまた勉強のチャンスができるのは嬉しいです」
中村「我々の世代は、いろいろな意味で難しい年代とも言えますね。俳優に限らず、演出家や脚本家、私のような批評家なども必ずしも層が厚いとは言えない。そういう中で、演劇界の中で自分がどう仕事をしていくべきか、という問題はありますよね」
松村「そうですね。中学生や高校生の子供がいてもおかしくない年齢ですから。役者として映像や舞台で演じる人間像にそれなりの厚みも欲しいですし。また、「役を演じる」ことを通して、何かその時代や人々の感覚的なものをも併せて伝えられたら、とも思います」