私は演劇評論家であって、音楽の評論家ではない。しかし、音楽という芸術に魂を揺さぶられることも多い。好みのジャンルはいろいろだが、先日、心に沁みる歌声に出会った。秋川雅史という、今人気のテノール歌手のリサイタルだった。
「フニクリ・フニクラ」「ロシア民謡メドレー」「「悲しき天使」など耳に馴染んだ曲が多かったせいもあるが、実にリラックスした素晴らしいひと時を楽しめた。芝居を観ていると、批評をしなくてはならない、という批評家の目がどこかにあるが、音楽はまったくの素人なので、何も考えずにその音楽に身をゆだねていることができる。そこで良いものに出会うと、それは至福のひと時となる。
秋川雅史という歌手の唄には、人の心を和やかにする効果があるような気がする。伸びのあるテノールの歌声に包まれていると、その歌声が身体のすみずみまで染み渡っていくような気がする。音楽には医学的・精神的な効果があることが証明されているが、そういった理屈ぬきにまことに気持ちの良い歌声だった。まさに、「心に沁みる」という言葉がふさわしい。一曲ずつに心を込めて、精一杯唄う彼の姿は、楽曲の神に祈りを捧げる敬虔な信者のようでもあった。それに、聴衆に楽しんでもらおうという彼の懸命な姿勢も良かった。一緒にリサイタルを作っていこうというサービス精神がそこにはあった。
「相寄る魂」という言葉があるが、歌い手と聴衆の心が一つになったリサイタルだった。そう言えば、「感動は、人と人との間に生まれる」といったのは、フルトベングラーではなかったか。長年唄いつづけられている歌曲の素晴らしさ、そして音楽というものの素晴らしさを素直に感じることができた一夜は、最近の私には貴重であった。