どんな舞台でも、初日と千秋楽は事のほか思いが深い。特に初日は、俳優も緊張をしているし、観客も初めて幕が開くその瞬間を固唾を飲んで見守っている。両者のその心地よい緊張の糸が素晴らしい舞台を生み出すこともあるし、初日が開いたのに稽古が完成されていなくて、惨澹たる結果を露呈することもある。
千秋楽は千秋楽で、この幕が降りた瞬間にはすべて終わってしまうという感慨がある。演劇は総合芸術である一方、瞬間芸術で、その日の舞台の幕が降りた瞬間に、今までの演技はすべて消えてしまう。もちろん、観客の心の中に「感動」という形で残るのではあるが。それが演劇と言う芸術の尊さの一つでもあるのだろう。
初日から千秋楽までの間の舞台を何回か観ていくと、芝居がその日によって変わっているのが分かる。「舞台は生き物」と言われる所以であろう。役者にしても、生身の人間だからその日その日によって体調の問題もあるだろうし、相手役とのイキの問題もある。そういう問題を解決し、観客にはさとらせないようにしながら決められた公演期間、同じ芝居を上演するのは、肉体的にも精神的にも過酷な作業である。
公演期間の長い芝居によっては、初日と千秋楽の間の中日(なかび)前後に、ちょっとした打ち上げのようなパーティをすることもある。「中日パーティ」と呼ばれるものだ。ちょうど芝居が中だるみになったり、俳優やスタッフに疲れが出て来る時期でもあり、舞台関係者一同が気を引き締めるためにも必要なのかもしれない。
千秋楽が終わった後のパーティが一番楽しくもあり、寂しくもある。重責を果たした満足感と、心地良い疲労感がみんなの顔にうかがえる。その一方で、もう明日からは舞台がないという寂しさ。同じメンバーで、次にこの作品を上演する機会はもう永遠に巡って来ないかも知れないのだ。
その席で、俳優にダメ出しをしている演出家がいた。「いつ来るとも知れない明日のために…」。ちょっと嬉しい話だ。