一本の芝居は、さまざまな幕数、時間によって構成されている。一幕物から多幕物に至るまで、時間も長短バラエティに富んでいる。私の観たものの中で最も短いものは十五分、長いものに至っては、もちろん休憩を挟みながらだったが九時間というものがあった。もっとも、これらは極端な例で、多くの芝居は二時間台から三時間半程度の時間で上演されるものだろう。
私は、人間の集中力は八十分、つまり一時間二十分が限界だと思っている。これは、今までに芝居を観て来た経験からなのか、生来の飽きっぽさなのかは知らない。しかし、芝居を充分に理解し、集中して楽しむにはその程度が概ねの限界ではないだろうか。そして、休憩を挟む。このリフレッシュ・タイムは今や犯罪者のように扱われている愛煙家の私にとっては非常に重要な時間である。
演出家によっては、休憩によって観客や俳優のテンションが下がるという考え方もあるようだが,生理的な問題を考えても、この辺りで休憩を入れるのが適当だろう。それが入って概ね二時間半から三時間程度というのが芝居の理想の上演時間のような気がする。
もっとも、歌舞伎はい例外で、一幕で二時間に及ぶ作品、いわゆる大曲と呼ばれるものが幾つもある。「妹背山婦女庭訓」の「吉野川」や「菅原伝授手習鑑」の「道明寺」などが代表的な例とされよう。これらの作品は、単に長いというだけではなく演技的にも難しいもので、役者の顔が揃わないとなかなか上演される機会がない。
歌舞伎の場合、そうした作品を挟みながら三本から四本、トータルの上演時間は四時間半から五時間が平均的であろう。それでも、今のスピード感から考えれば長い。江戸時代は明け方から夕方まで、長い幕間を挟みながら延々と一日中上演していたというから、今の時間感覚からすれば驚きである。
フランス料理のフルコースのような芝居もあれば、ちょっとしたサンドイッチのような芝居もある。多種彩々、そんな側面から芝居のことを考えてみるのも面白いものだ。