よく、「人生は舞台」だという。誰もがその舞台で波乱万丈の主役を演じ、やがて幕が静かに降りていく。普通の芝居と違って、そこには喝采はない。静かな静かな幕切れ、そして何物にもおかしがたい静寂。
私事で恐縮だが、12月17日に父が7年余に及ぶ闘病生活の末に幽冥境を異にした。長男である私は喪主の立場として、父の舞台の幕切れを「演出」しなくてはならなかった。哀しみにくれる暇もなく、寒い中を弔問してくださるお客様に挨拶をし、父がどんな人々とどんな一生を演じて来たかを感じた。こういう方々が父の人生にさまざまな役割を果たしてくれたからこそ、父は74年の人生を演じ切ることができたのだと思う。
賑やかなことの大好きだった父には嬉しい瞬間だったかも知れない。あわただしい師走にもかかわらず、多くの知己が駆け付けてくれ、父の最期の舞台を彩ってくださったことは感謝にたえない。
人生の幕切れは、生きた人の数だけ存在する。演劇界では、まるで芝居のように見事な幕切れで舞台を去って行った役者も多い。その一方で、「戦死」のような形で幕を閉じた役者もいる。その一人びとりの芸の蓄積の上に今の芝居が成り立っているのだ。
芝居と違って、人生の幕切れはいつ訪れるか予想もつかない場合もある。父のようにある程度の予想がついていれば別だが、突然、スポットライトが消えることも多い。その瞬間に後悔しないよう、「人生」という演劇の共演者との日々を悔いなく過ごしたいものだ。