ファンにとって、贔屓の役者のサインは垂涎の的だろう。芝居の終演後に楽屋口でお目当ての役者を待つファンの姿を良く見掛ける。サインがもらえれば「僥倖」だろう。随分多くの役者のサインを目にして来たが、多種多彩である。書家のように見事な字を書く役者もいれば、絵心のある役者も多い。その反対に…よそう。
色紙を書くというのは実は意外に難しい。あの限られた空間の中で、バランス良く字を配置するすべを覚えるまではなかなか骨が折れるものだ。
一方で、人の書いたものでも良く書けている色紙は見ていて楽しい。私の手元にもいろいろなものがあるが、色紙を眺めるとその役者の顔が目に浮かぶ。
最近の話である。東京のとある小さな料理屋。小上がりの座敷に二枚の色紙が掛けられている。一枚は歌舞伎の十三代目片岡仁左衛門。もう一枚は地唄舞の武原はん。いずれも故人だが、それぞれの色紙に人生の味わいがある。こうなると一枚の色紙も「芸」と言えるかも知れない。和紙なので、状態によっては黴が浮くこともあるが、それもまた一つの味になる。俳人としても知られたはん女の句、そして仁左衛門の絵。酔眼朦朧として料理を味わううちに、二人の舞台が目に浮かぶ。これは偶然なのだろうが、二人とも関西の人で、品格と色気を重んじた人だ。面識もあるが、人間的にも実に魅力的な深みをもっていた。武原はんと仁左衛門が一緒にこの店を訪れたのか、別々に贔屓にしていたのか。それは聴かなかったし、聴く気もない。
面白いのは、この店は関西の懐石料理ではない。滅法旨い鰻を食わせる店である。武原はんと鰻、小上がりで炭が熾きている手あぶり、何か艶っぽい気がする。