観客席から〜第34話〜



第34話「役者と話す(6)田中啓三さん」

 お付き合いのない劇団から公演のご案内をいただくことがしばしばある。全部の舞台を拝見できるわけではないが、何か心を誘うものがあれば、なるべく伺うようにしている。ある日、面白いメールが届いた。D.K.Hollywoodという劇団の「斬り込み隊長」と名乗る田中啓三さんだった。来年の春にニューヨークで上演を予定している芝居があるので、是非見てほしい、とのことだった。失礼ながら、私の知らない劇団で、どんな芝居をするのかわからなかったが、田中さんの「無茶さ」に好感を持って、劇場へ足を運んだ。私の批評は厳しかったが、それから田中さんとの付き合いが始まった。

 何かの縁なのだろうか、家が近所なのである。自転車で五分。しかも、以前私が住んでいた町だ。おのずと、何回か杯を交わす機会ができた。話題はもっぱらニューヨーク進出の件だ。劇団員がみんなで貯めたお金を持って、出かけて行くと言う。はっきり言って無茶だ。しかし、その無茶な行為に自分のすべてをかけている情熱が頼もしい。お酒を飲むとその人の本性が現れると言うが、飲むほどに、酔うほどに面白い。関西出身の田中さんは、いかにも「やんちゃ」である。それで、芝居が好きでしょうがない。私が批判をすると、ムキになってかかって来る。42と36が演劇論を戦わせているうちに、いつしか酔っている。人を面白く酔わせてくれる人だ。

 「ニューヨークへ行って、契約書の束を持って帰り、世界中を駆け回る」という夢を彼は語る。壮大だ。しかし無茶だ。でも、そのために毎日一生懸命働いている。そして、芝居に対して誠実である。そんな「役者馬鹿」が、自分のすぐ近くにいることが嬉しい。私は、ニューヨーク公演がどういう結果になろうともいいと思う。その志を持った好漢の存在や良しとすべし、である。

 このエッセイを彼に見せたら、「顔写真も載せてください」と来た。「ファンが減るぞ」。こういうやり取りが面白い。

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