観客席から〜第44話〜



第44話「役者と話す(8)飯沼誠司さん」

 面白い青年が現われた。飯沼誠司と言う。日本人初のプロのライフセーバーで、全日本選手権アイアンマンレースで5連覇という偉業を成し遂げた男である。それが役者になった。幸運なことに、初舞台から三本立て続けに主役を演じた。これが見事に、爽やかなくらいに下手だった。ここで彼はいきなり壁にぶつかった。それでも、ライフセービングの世界で頂点を極めた青年は明るい。

 何しろ彼は「天真爛漫」という表現がぴったり来る爽やかな青年である。芝居が下手でも憎めない部分がある。一つの世界で頂点を極めた男が、全く別の世界で一から始めようとするのには、まずプライドを捨てるところから始め、山の麓から登って行かなくてはならない。彼はその厳しさを良くわかっている。しかし、鍛えた肉体と精神で、それをバネにしようというポジティヴな姿勢が頼もしい。「何か勉強したいんですよね。どんな芝居観たらいいですかね。本は何がいいですかね」と、明るい笑顔で食らいついて来る。何でも吸収しようという意欲が全面に見える。それが頼もしい。

 多少厳しいことを言っても、「あ、そうなんですよね」と、くじけることを知らない。若いゆえの頼もしさであり、これからもっともっと苦しい場面に遭遇するだろう。でも、彼は持ち前の明るさと笑顔でその局面を乗りきって行きそうな感じを抱かせる。「ああいう芝居、いいですね」。食い入るように他の舞台を観て、一緒に盃を傾けている時の目はキラキラ輝いている。「勉強しなよ」という言葉に「はいっ!」というスポーツマンらしい元気な答えが返って来た。

 初舞台から三回目で巧くなってしまったら芝居の面白みなぞない。ただ、彼は光った素材の魅力がある。それをこれからどう磨いて行くのか、それが楽しみだ。

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