観客席から〜第45話〜



第45話「一杯のやすらぎ」

 原稿が書けても書けなくても、一日に5,6杯は飲むほどのコーヒー好きである。もちろんブラックで。そんな僕にとって、本当の意味での「喫茶店」と呼べる店が早稲田にできて、お気に入りで足を運んでいる。「華」という店だ。

 同じ学校の出身で僕よりも遥かに若くてハンサム。爽やかで優しいマスターの人柄に寄せられるお客さんも多いが、そのマスターが限りない愛情を込めてたててくれるコーヒーの一杯が、僕に大きなやすらぎを与えてくれる。香り高く、豆の個性を充分に引き出したコーヒーを間にして、世間話をするひとときが楽しい。

 どこにでもあるごく普通の喫茶店のような構えの店だが、彼のこだわりようはプロに徹している。豆の選び方、淹れ方はもとより、その豆の出自や焙煎してからの日数による熟成の具合にもこだわる。そこに、彼のコーヒーに対する限りない愛情と、お客様へのサービス精神が感じられる。面白いのは、彼はコーヒー豆を「この子」と呼ぶ。

 「この子は焙煎二日目なので、明日辺りからいい味になりますよ」とか「この手挽きのミルで豆を挽くとまた味が変わるんですよ」などと話す彼の嬉しそうな顔は、芝居の話をしている時の役者の顔のような輝きに溢れている。ところが、たまらなくいい香りを漂わせるコーヒーをたてる時の彼の顔は一転して厳しい職人の目に変わる。一つの仕事に打ち込んでいる職人の顔、というものはどの分野でも同じなのだ。一杯のコーヒーに彼の魂が込められている。

 手軽な店は多いが、美味しいコーヒーを飲ませる店が少ないと憂いていた僕には、最近の少なからぬ喜びの一つだ。これで原稿が進めば、言うことはないのだが…それは、僕の責任、か。

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