観客席から〜第53話〜



第53話「嬉しい朝」

 みんなが疲れていて、不満だらけの世の中。七月三日、東京では都議選の朝、新聞記事で嬉しいニュースをみつけた。

 仲代達矢さん主宰の「無名塾」の俳優・赤羽秀之さんが、前日の深夜にひったくり強盗を一喝して取り押さえ、警察に引き渡したという。実は、ひょんなことがきっかけで、彼とは最近仕事の上でのお付き合いが始まったばかりなのだ。いろいろなやり取りをするうちに、彼の好漢ぶりに好感を抱いていたのだが(洒落ではない)、この記事を見て、僕の眼は確かだったのだ、と嬉しくなった。

 平成元年に「無名塾」に入塾して以来、着実に歩みを重ねて、「セールスマンの死」や「いのちぼうにふろう物語」など、話題になった作品でも確実に足跡を残している。そういう真摯な芝居に賭ける真っ直ぐな生き方が、今回の彼の「快挙」とも言うべき行動につながったのだろう。ろくなニュースのない中で、爽やかな朝を迎えることができた。

 ついこの間、このコラムの「30年」というタイトルで、「無名塾」の座員が手作りで発行している新聞の話を書いた。実は、この新聞の編集を中心に行っているのが彼なのである。本業の役者の他に、そういう仕事を持つのは決して楽なことではない。しかし、彼の芝居に対する熱い魂が、そういう行動を起こすのだろう。まさに「好漢」である。

 「正義」など、もうどこかへ行ってしまった世の中で、こうしたニュースはとても嬉しい。こういうことがニュースにならない世の中が理想なのだが、それを今望んでも、詮無いことだろう。演劇人の中に、こういう人がいる、ということは、我々の「誇り」でもある。今度の彼の舞台はきっと違っているだろう。そんな気がする。

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