観客席から〜第54話〜



第54話「瀧を聴く」

人間の五感というのは不思議なものだ。ふだん意識していないから、意識すると余計にそう感じるのだろう。

 夏の一日、あるところで瀧を聴いた。通常の感覚で言えば、瀧はその勇壮あるいは流麗な水の流れを「観る」ものではあるが、「聴く」ものではない。最近は癒しのCDなどでこういう自然の音が盛んに市場には出ているが、実際に瀧に行けば、やはり「観て」しまう。

 ほとんど観光客のいない、岩に囲まれた場所で轟々といつからともなく流れ落ちている瀧。そのさまは見事であった。車を飛ばして来た甲斐があった。そこで、ふと目を閉じてみた。飛沫を浴びながら、瀧を感じた。瀧はいつでも轟々と流れているものだと思っていたが、そうではなかった。

 ささやいてみたり、怒鳴ってみたり、瀧にも声がある。もちろん、これは受け取る側の勝手な妄想にも近い想像なのだが、同行した若い衆も同じことを感じていたようで、あながち大間違いでもなさそうだ。

 そう言えば、見慣れた芝居などは、時折わざと目を閉じて科白だけを聴いていることがある。(端で見ていると眠っている、と思われるだろうが、念のため)動きはもうわかっているから、その科白の持つ音(おん)やリズム、イントネーションなどを聴いているのだ。視覚を遮断しているために、かえって感覚は鋭敏になる。他の役者との違いに気づいたりすることもある。

 劇場という限られた空間の中で観ている芝居について、こうして大自然から教わることもあるのだ、と気付いた。そう、あの瀧はいい声をしていた。考えてみれば、いい役者の条件も、「一声、二顔、三姿」だった。

 冬の瀧は何を聴かせてくれるのだろうか。

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