観客席から〜第58話〜



第58話「初一念」

 尊敬するある女優が以前書いてくださった色紙の言葉である。今は少し身体の具合を悪くしており、舞台は休んでいるのが残念だ。

 「初一念」。簡単な言葉ではあるが、俗に言う「言うは易く、行なうは難し」である。この女優はまもなく創立65年になろうという劇団の代表を長らく務めていた。それだけの大女優の言葉だけに、何とも言えない重みがある。

 自分の長くもない歴史を振り返ってみると、少年の日に芝居の道を志した「初一念」は何であったのか。それを考えると、今の自分がいかに怠惰な状態にいるかを感じて愕然とした。

 「演劇評論」という仕事は、芝居を観なくては話にならない。ほとんど食事をするような感覚で、毎日のように劇場へ通っている。自分では感性を鈍磨させないように努力はしているつもりでも、それを維持していくことは生半なことではない。常に新鮮な眼で舞台を観て、それを評論するためには豊富な知識に裏付けされていなければならないのだ。

 知識を得るためには勉強をしなくてはならない。役者はよく「一生勉強です」と言うが、これはどこの世界でも同じで、いくらでも勉強をすることはある。人間は楽をしたがるものだから、つい先延ばしにしてしまうことも多い。

 「初一念」という言葉を想い出し、顔の赤らむ想いで今の自分の行動を反省いた。その時に、思い浮かんだ諺がある。「今日を最後の一日と思え」。ユダヤ人の教典とも言える「タルムード」の言葉である。

 心の中の水ぶくれしたスポンジをギュッと絞り、また勉強を始めなくては、と心を新たにした次第である。日々の積み重ねを決して疎かにしてはいけない。自戒を込めた言葉である。

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