人間、誰しも欲がある。偉くなりたい、お金がほしい…挙げればきりがない。しかし、偉くなるのは難しいのは誰でも知っている。
芝居の世界も同じだが、不思議なことに気がついた。いろいろな栄誉があって、人間国宝だの芸術院会員だの文化功労者だのと大変だ。選ばれた人は素晴らしい技芸を持っているのだが、不思議なことに気がついた。
「人間国宝」も「芸術院会員」も、物故者を含めて対象になっているのは松竹の役者ばかりなのだ。はっきり言えば、歌舞伎と新派だけである。商業演劇は含まれていない。それぞれに難しい法律があって、短いスペースでは詳細は説明できないが、東宝やそれ以外の役者で人間国宝になった人はいない。文化勲章受賞者の森繁久弥も、森光子も、である。
これはおかしな話だ。人間国宝や芸術院会員には100万円を超える年金が支給されるが、出所はもちろん税金である。それが、特定の興行会社に属する役者のみが受けられる恩典に使用されるのはインチキに等しい。松竹は歌舞伎を独占しているが、他の芝居はそういう価値を認めない、という役人の論理だろうか。ならば、血税でするなと言いたい。新劇などは思想の問題もあろうが、完全に「無視」の状態である。もう100年以上の歴史があってさえも、だ。
前進座の名女形だった故・五世河原崎国太郎が「芸術院会員になりたいねぇ」と言ったことがある。筋金入りの共産党員だった役者だ、なれるわけはないことは重々承知。「どうしてです?」と聞いた答えがおかしかった。当時はまだJRが国鉄の時代で、どういう理由か知らないが、芸術院会員になると、国鉄全線の無料パスがもらえたのだ。
「いやね、名前なんて何でもいいんだよ。でも、前進座は巡業が多いでしょ。あたしは幹部だから、座の方でも気を利かせてグリーン車を取ってくれるんですよ。でもね、国鉄の無料パスがもらえたら、あたしの交通費が浮くだろ。座が少しでも楽になる。だから、あたしは国鉄の無料パスだけほしいんだよ」
こういう役者が好きだ。